朝、近所のカフェでモーニング。平日の朝なのに賑わっていた。混みすぎても困るが、お客さんが少なすぎると、それはそれでお店がつぶれる心配が出てくる。良いお店なので、徐々に人気が出ているのなら良かった。
お昼ごろ。近所の公園で、歩きながら菓子パンをもりもり食べる中年の男性がいた。ポケットにはコーラ。さすがに「健康、大丈夫ですか?」と勝手に心配になった。
ランチ前に5キロほどランニング。前日より調子が良くてうれしい。2日連続走れたこともうれしい。1年前はほとんど走っていなかったことを考えると、やればできるもんだなと素朴に思う。少しずつ進んで、意外と遠いところまで来ている。
帰宅してスーパーで買ったカツオのたたきと玄米、味噌汁、サラダを食べる。カツオのたたきはタレが微妙で残念。ふるさと納税で本格的なカツオのたたきを頼もうかなと考える。
Xを見ていて、「自分の考えたとおりに生きなければならない。そうでないと、自分が生きたとおりに考えてしまう」という言葉を知る。深い。フランスのポール・ブールジェという小説家の言葉のようだ。
読んでた新書に入ってたしおりのことば。
— 古賀史健(Fumitake Koga) (@fumiken) 2026年7月7日
「自分の考えたとおりに生きなければならない。そうでないと、自分が生きたとおりに考えてしまう」 pic.twitter.com/9DNcHesp8D
良い言葉だが、本当に実在するのだろうか?GeminiAI ProとChatGPT5.5Thinkingにこの言葉の原典を尋ねると、小説の一節とのことだった。
原文は次の通り。大学で勉強して、もはやうっすらとしか覚えていないフランス語だが、ニュアンスを味わえて楽しい。
Il faut vivre comme on pense, sinon, tôt ou tard, on finit par penser comme on a vécu.
AIは恐るべきことに前後の文脈まで教えてくれる。大学生の時にAIがあったら、依存しそうで怖いレベルだ。


AI同士でダブルチェックをしたり、情報源をきちんと確認するなどして、うまくAIを使っていきたい。
夜は料理教室。唐辛子の使い方を覚える。その後、カフェへ。学んだ料理の知識をreminDoに登録して復習する。料理へのハードルは少しずつ下がってきている気はする。
あと何年生きるかは分からないが、やはり、自分で食べたいものを食べるために、大切な人に美味しいものを食べてもらうために、料理の腕をあげていきたい。この考えの通りに、生きていきたい。
「自分の考えたとおりに生きなければならない。そうでないと、自分が生きたとおりに考えてしまう」